秋山好古 顕彰碑

秋山好古顕 彰碑 碑文:
『日本とロシアの間に緊張が高まった明治36年(1903)、秋山好古は当時大久保にあった騎兵隊第一旅団に赴任し、翌37年、日露戦争が始まると同旅団長として中国に渡りました。
戦地では、沙河・黒溝台・奉天等の激戦地を駆け巡り、当時世界最強と呼ばれたロシア・コザック騎兵と互角に渡り合い、あるいは凌ぎ、日本軍の危機を幾度も救う活躍を見せました。
司令官でありながら最前線で指揮を執り、退却時には自らしんがりをつとめた好古の勇姿は、敵・味方をこえて評判となり、明治38年9月、日本とロシアの間に講和条約が締結されると明けて明治39年早春、好古は歴戦の痕跡を残す連隊旗と共に堂々と大久保の地に凱旋しました。
この戦功により後に日本騎兵の父と呼ばれた秋山好古、そして日本海海戦で赫々たる戦果を上げた連合艦隊の首席参謀、実弟・秋山真之の活躍は世界から驚きをもって賞賛され、後に小説「坂の上の雲」(司馬遼太郎著)の主人公として描かれ、現在も多くの人のその名が知られています。
当時の日本が他のアジア諸国のように西洋列強の隷属や植民地にならなかったのは秋山兄弟の功績に負うところが大きく、習志野の地にいた数年間は好古の人生にとっても日本にとっても重要な日々であったことは後の歴史が物語っています。』

「秋山好古 顕彰碑」の向かいにある大久保商店街内の休憩所「歴史文化交流ギャラリー」では、騎兵隊第一旅団の資料、商店街の有志で制作した秋山兄弟の肖像画の写真や資料を展示している。
肖像画の複製画は、四国と関東それぞれから秋山兄弟の魅力を発信するため、兄弟の生家が復元された「秋山兄弟誕生地」(愛媛県松山市歩行町)の運営団体「常盤同郷会」に贈られている。

千葉県習志野市大久保1-17-14