長崎屋跡

長崎屋跡 碑文:
江戸時代、ここには長崎屋という薬種屋があり、長崎に駐在したオランダ商館長の江戸参府時における定宿でした。
諸外国のうち、鎖国政策のため外国貿易を独占していたオランダは、幕府に謝意を表すために江戸へ参府し、将軍に謁見して献上品を賜りました。
江戸参府は江戸前期から毎年行われており、商館長の他、通訳、医師などが長崎からにぎやかに行列して江戸に来ました。
しかし、経費の問題もあり、江戸中期からは四年に一回となっています。
随行したオランダ人の中には、ケンペルやツンベルク、シーボルトなどの医師がいたため、蘭学に興味を持つ青木昆陽・杉田玄白・中川淳庵・桂川甫周・平賀源内をはじめとした日本人の蘭学者、医師などが訪問し、江戸における外国文化の交流の場として、あるいは、先進的な外国の知識を吸収する場として有名になりました。
この地は、鎖国下の日本における数少ない西洋文明との交流の場として貴重であり、区民史跡に登録されています。
<中央区民文化財>
商館長一行は江戸に二~三週間滞在し、その際に定宿に指定されたのが長崎屋だった。
当時の長崎屋は、西洋文明に触れられる江戸で唯一の窓口であり、訪問者の中には、青木昆陽・杉田玄白・平賀源内など、日本の歴史に重要な役割を果たした人物が数多く含まれており、日本にとって重要な史跡といえる。

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